ものづくり · 2025
香りの層ひとつひとつが文化の断面——Rei Nguyen による嗅覚の物語、その構造を読み解く
- 掲載日
- 言語
- 日本語
- 読了時間
- 5分
2025年4月26日に掲載されたベトナム語の原文からの翻訳です。

R Parfums の香りの層に宿る文化の断面
トップノート——直感が記憶に触れる
R Parfums にとって、トップノートは最初に嗅覚に触れるものだ。束の間でありながら、旅路全体を導くだけの力をもつ。Rei Nguyen にとってトップノートは挨拶であるだけでなく、嗅覚の物語の一章をひらく情景である。そこにはしばしば文化の背景や時代、あるいは束の間でありながら深く残る心のありようが映し出される。
Nostalgic March は、ザボンの花とみずみずしいサトウキビではじまる。それはかつてのハノイの春を思い起こさせるだけでなく、古都の人々が祭りの季節に営んできた儀礼の、清らかで細やかな文化をよみがえらせる。寺の境内をザボンの花が白く埋め尽くす季節、白いアオザイの少女たちが初詣に訪れる。その香りはただの植物の匂いではなく、幾世代もの記憶に受け継がれてきた、人々が共有する象徴である。一方 Pluviophile がひらくのは、緑の葉とルバーブと雨の香り。Rei Nguyen がかつて暮らし、学んだ東京の、雨に包まれた穏やかな情景だ。そこでは不完全さとうつろいのなかに美を見る侘び寂びの感覚が香りのしずくひとつひとつに忍びこみ、詩情に満ちた深い静けさを生む。それが R Parfums という存在の一端をかたちづくっている。
ミドルノート——文化が感情として結晶する
ミドルノートは香りの心臓部にあたる。感情がはっきりと輪郭をもち、香りの個性が定まる場所だ。この層で Rei Nguyen と R Parfums が好んで選ぶのは、対立する構成である。花の香りと木の香り、甘さとスパイスの刺激。そうして映し出されるのは内なる葛藤であり、文化と人の心に起こる繊細な揺れ動きだ。

221B では、ミドルノートにオスマンサス・アブソリュート、ゼラニウム、ローズが現れる。19世紀イギリスの古典的なイメージにとどまらず、シャーロック・ホームズという人物の知性と規律、そして複雑さを象徴するものだ。Rei Nguyen は人物を再現するだけでなく、深い読書の文化を、論理的な思考とロマン主義が並び立ったヴィクトリア朝の美意識を呼び起こす。対照的に Béton Chaud は、コンクリートとラジカセと500ドンの棒アイスのなかで育った世代の、幼い日々の詩である。クミン、キャラメル、ダマスクローズのミドルノートは、この土地ならではの個性と記憶が溶けあうさまを描く。貧しくとも甘く、厳しくとも温かい場所。Rei Nguyen がしているのは、香水づくりにとどまらない。香りというレンズで、ある世代の個人史を語り直すことだ。
ベースノート——R Parfums の残り香は、文化の刻印
ベースノートは終幕である。残ったものが沈み、くすぶり、長くとどまる場所。文化がその精髄にまで抽出され、Rei Nguyen が伝えたい核となる価値を映し出す場所でもある。

Shadow Éclat は、悪役モリアーティに着想を得た香りで、イモーテル、黒胡椒、スエード、レザーで幕を閉じる。劇的な深みをもつこの層は、陰陽の思想や「影と光」の精神を思わせる。ここで Rei Nguyen がつくり上げたのは「まばゆい闇の領域」だ。完璧ではないが、深く、人を惹きつける美がそこにある。Eau de Hajime では、ベースがモス、パチュリ、樹脂へと静かに落ち着き、新たなはじまりのしるしのように、簡素でありながら含みを残す。Hajime とは、日本語で「始まり」を意味する言葉だ。Rei Nguyen にとって、あらゆるはじまりは移ろいを表す文化のかたちであり、人は自然と時間の繊細な断面のなかで自分自身を取り戻していく。
物語形式としての、R Parfums の三層構造
トップ、ミドル、ベースという香水の三層構造は、もともと香水づくりの世界の定石だ。だが Rei Nguyen の手にかかると、その構造は芸術的な物語の形式へと姿を変える。静かにはじまり、深みをもって動き、長く残る精神的な意味の層で結ばれる。静と動、明と暗、柔と剛。こうした対立が、R Parfums の作品を貫く主題である。Rei Nguyen がつくるのは予想どおりの香りではなく、感覚の旅路だ。香りを味わう人はただ嗅ぐのではなく、感じ、考え、思いをめぐらせる。


香りが文化の言葉になる——R Parfums
R Parfums の香水は、一本一本が多層の作品である。美意識と精神とアイデンティティが重なりあう場所。Rei Nguyen にとって、香りの芸術はひとつの創作分野として孤立したものではない。生きた文化の延長であり、静かでありながら内に力を秘めた語りでもある。その語りを担うのは、現代のベトナムの人々が抱く精神の深みにまで届くノートだ。そしておそらく、だからこそ R Parfums の香水は多くの人のためのものではない。立ち止まり、深く香りを吸いこみ、ささやきかける文化の断面に耳を傾ける用意のある人のためにある。
ジャーナルのほかの記事
ジャーナルのすべての記事 →ものづくり
香りと聴覚――香りのなかに、音が静かに姿をあらわすとき
ベトナム語からの翻訳
ものづくり
R Parfums とパティナのものづくり ― 物言わぬ金属片から、刻む芸術へ
ベトナム語からの翻訳
ものづくり
インドシナの面影、建築と文化に見る香りの着想
ベトナム語からの翻訳








