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短編小説『月からの来訪』

掲載日
言語
日本語
読了時間
18分
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2025年2月19日に掲載されたベトナム語の原文からの翻訳です。

ピンクがかったオレンジの灯りの下、宙に吊られた何百枚もの手書きの紙片を見つめる女性。221B の香りの展覧会にて

「私の前で、あの男の名を出すな。ベーカー街からも、あの男の悪ふざけからも、私はもう遠く離れた。月だの、古くさい転移の手品だの。君の国のこのいまいましいマグノリアの梢にいるくらいなら、ライヘンバッハへ戻って、あの男をもう一度滝つぼへ突き落としてやりたい」——『月からの来訪』Rei Nguyen

短編小説

月からの来訪

銀色の月明かりが、私の部屋の窓をかすめて枝を張り出したマグノリアの、奥の葉むらにまで這い降りてくる。スーパームーンの夜。この一週間、誰もがその話をしていた。

私は調香台のそばに立っていた。53番目の試作。もう先へは進めなかった。まるく整ってはいるが、あまりに無難な香り。バランスはとれている。だが、とれすぎている。そのバランスを崩したかった。けれど、どう手を加えても、香りはだらしなく釣り合ってしまう。53という数字には出口がなく、ここでいったん立ち止まるに値した。

私は月明かりを見つめた。

産後の貧血のせいか、それとも7時間も休みなく机にかじりついていたせいか、自分の手がぼんやりとかすみ、青紫の静脈が浮いて見えた。長いあいだ私ひとりきりだった屋根裏部屋に、月の光が妖精の粉をふりまいているかのようだった。

どこからか、野良猫の喉を鳴らす声がする。家の脇の雨樋を夜ごと歩きまわる猫たちには、さほど驚かない。奇妙な習性をもつ生きものだ。あのごろごろという音は、好きというより怖い。白い靴下をはいたような黒猫が、琥珀色の目でこちらをじっと見ている。ほら、あっちへお行き。その目、月よりも明るいくらい。それに、ああ、どうして紫の靄があの子のところまでたなびいているのだろう。まずい、急いでヘモグロビンを補わなければ。

「月が明るいな」

私は振り向いた。背筋を冷たいものが走る。低くかすれた声がどこかで響いたが、外から来たのか、私の内側から来たのか、わからなかった。誰かが傷ひとつ、血の一滴も残さず、ひそかに鼓膜へスピーカーを埋め込んだかのような近さだった。

この一週間、私はずっとここにひとりでいた。何かを創るときには、街から離れたこの屋根裏にこもる。それが私の習慣だ。

「休んで、明日またバージョン1からやり直すか。それとも今夜は徹夜して、さらに100本の小瓶をそっくり窓の外へ放り出すか」

今度は、声の出どころをたどれるほど長かった。床に目を落とすと、そこには、いつのまにか部屋に跳び込んでいた野良猫しかいない。ひょい。バレエダンサーの美しい跳躍のように、猫はゆったりと調香台に寝そべった。身のこなしがあまりに巧みで、5 ml のサンプル小瓶はひとつも揺れず、傾きもしなかった。

「パチュリを考えていたのに、なぜ意地になって白い花を選ぶ」

聞き違いではない。あのかすれて濁った声は、ほかでもない、あの猫のものだった。

私は顎を食いしばった。恐怖で舌を噛まないように。頭の少し斜め上、手の届くところに、かなり重い銅の燭台がある。三歩、4秒ほどあれば、あの異変めがけて振り下ろせる。

おとぎ話で読んだことがある。白い猫なら吉兆だという。この黒猫は、世慣れた横柄さはさておき、妙に聡明だ。体調が悪いのなら、50を超える試作を休みなく続けた末に本当に気を失っていて、これは、しゃべる猫(talking cat)の動画ばかり見ている親戚の子を思い出したせいの、たちの悪い冗談なのかもしれない。それなら悪くない筋書きだ。けれど、もし私が正気で、この猫があの妙な紫の光のなかで私の頭へ直接話しかけているのだとしたら、どうやら本当に厄介なことになっている。

「この7日間で君が読んだパチュリの資料は、少なくとも82ページ。そしてオレンジブロッサムは、香水に入っているのが好きだと、四人ほどが君に話した香料だ」

まずい、本当にしゃべっている。

「君はオレンジブロッサムを主役の香料に選んだ。それでいて、そのあともパチュリについて読みつづけた」

私は動きを止めた。もうこの猫は怖くない。腹が立ってきた。

「ずいぶん物知りね。どこから来た子猫ちゃんが、喧嘩を売りに来たの。坊やは外でネズミでも捕っていらっしゃい」

「まあまあ。アイスクリームなみの熱さだな。机の上には名前を書き込んだムエットが15本、そのうち1本がいちばん古い。何度も嗅ぎ直した証拠だ。よほど気に入っているか、あるいは使っても使っても、はっきり前へ進まないか。嗅ぐ先にも持ち手の角にも、爪で押した跡がある。最後の何回かは、結果があまり芳しくなかったようだ。Orange blossom absolute @ 10% in Ethanol」

「もう1本は、『大地のくちづけ』と名づけられて、君の愛読書に挟んである。希釈していないパチュリだ」

足もとを蚊に刺されたらしい。このほてりと、むず痒さ。いま起きていることは、間違いなく現実だ。

「何なの。探偵猫かしら。それとも、シャーロック・ホームズを真似て鋭い観察眼を気取る猫かしら。で、ほかに何がわかったというの」

「私の前で、あの男の名を出すな。ベーカー街からも、あの男の悪ふざけからも、私はもう遠く離れた。月だの、古くさい転移の手品だの。君の国のこのいまいましいマグノリアの梢にいるくらいなら、ライヘンバッハへ戻って、あの男をもう一度滝つぼへ突き落としてやりたい」

「あなたは誰なの」

「無駄口だ」

ほんの数瞬のあいだに、私の神経細胞はつながりを探しまわった。憂いの篩に足を踏み入れ、推理小説を抱えて読みふけった日々へ戻っていくように。かすれて濁っているのに甲高くもあるこの声、この身ぶり、この狡猾さと威圧。

「ジェームズ・モリアーティ教授」

「おや。そんなに大きな声を出さなくてもいい。だが、礼を言おう」

その礼は、私が教授と呼んだことへのものだと気づいた。猫は機嫌がよさそうだ。身を前へ乗り出し、低くうなる。もちろんだ。英国じゅうに伸びる蛸の足、その奥に控える偉大な頭脳。ロンドンの入り組んだ裏通りで、犯罪者という操り人形を指先の糸で動かす男。だが、いったいこれは何なのか。ジェームズ・モリアーティは実在しない。私はいったい、どこにいるのだろう。

「ここで何をしているの。あなたが本当にいるなんて思えない」——私はそわそわしていた。

「そのやつれた顔に爪をいくつか立ててやれば、考えも変わるだろう。検討してみるといい。ただし、少なくとも7回は Abhayrab を打たなければならない危険を忘れずに。この体が狂犬病の予防接種をきちんと済ませているかどうか、私には保証できないのでね」

「何があったの」——私は尋ねた。そして、自分の問いがどれも切れ端のように短いことに気づいた。顎にはまだ血が戻っていなかった。

「わからない。それまでに起きたことといえば、私とシャーロック・ホームズがライヘンバッハの滝へ落ちたことだけだ。そしてそのあと、この体は、一年じゅう花が咲いているのに遠すぎて手の届かない木のある君の家の屋根から、どうしても出られなくなった。逃げ出そうとはした。だが、地に足が着くたびに、結局この辺りをうろうろしている」

私はまだ動けなかった。

「たぶん、私は君に会わなければならなかったのだろう。そして今夜のスーパームーンは、挨拶にちょうどいい機会だ」

「私……私に何かできることはありますか。つまり、その、パテでも召し上がりますか」

犯罪界の大物に温かいパテの話をしている自分が信じられない。このあたりの野良猫のために、ちょっとした食べものはいつも置いてある。戸棚には温め直せるものがまだいくつか残っていた。猫のひげはぴくりともしない。何を考えているのか、読めなかった。数秒の沈黙が流れた。

「ありがとう。それもいいだろう。ここ何日も、ろくに食べていない。この体も、腹は減るのでね」

「十一月のある夜、おばあちゃんは一匹の猫に出会った。猫は、おばあちゃんの大好きな小説に出てくるモリアーティだと名乗った。誰かのいたずらだったのかもしれない。でも、お腹をすかせているようだった。だから、おばあちゃんはソファの上でパテを食べさせてやった。猫はとても満足そうだった」——この一節を日記に書いて、子や孫に伝えよう、と私は思った。向こうでは、熱々のパテを盛った陶器の皿が、いつのまにかきれいに空になっている。腹が減っては犯罪もできぬ、というわけだ。「何かちょっとした厄介ごとを抱えているようだね」。モリアーティはゆったりと調香台へ戻り、作りかけのガラス瓶を眺めた。

「よくあることです。私たちはそれを『art-block』と呼んでいます」「もちろん、君にもわかっているはずだ。そのブロックは、君が作っている作品よりも大きい。詰まっているのは、君自身だ」私は何も言わなかった。

「また、美しいものを追いかける者たちの、うんざりする思い込みか」。モリアーティがつぶやいた。皮肉な声だった。「連中を満足させる香りを作ったところで、それで君がもっと愛されるわけではないよ、お嬢さん。連中はビットコイン王や NFT のほうに関心がある。君も数字には弱くなさそうだ。0.00グラムがいくつだのと、なぜそう思い悩む。まったくの無駄だ」

「ご立派な口上だ。君の書いた量子物理の分析とやらも、このお嬢さんの状況とたいして変わらないと思うがね」

マグノリアの葉むらがさらさらと鳴り、白い影がすっと過ぎて、羽根のように軽く木の床へ降り立った。白い毛並みに緑の目をした猫だ。正確に言えば、ここ数日いくつもの屋根を渡り歩いてきたのか、毛並みはくたびれて、白とも象牙色ともつかない色になっている。それでも月の照らす紫の光を受けて、きらきらと光っていた。少し前のモリアーティの現れ方とそっくりだ。声は堂々として、いくぶんおどけ、いくぶん気だるく、どんな態度もはっきりとは見せない。

「シャーロック・ホームズ。まさか、あなたなの」

「さっき、ライヘンバッハの滝の一件を彼から聞かされたようだね」——白い猫は、うんざりした様子の黒猫モリアーティに目をやった。

「まったく、どこにでも顔を出す男だな。But Pate party is over!」

ふたつの笑い声が響いた。部屋が揺れる。この騒ぎが聞こえているのは、私だけなのだろうか。シャーロックとモリアーティが互いに好意を抱き、あんなふうに楽しげに笑い合えるとは思えない。何かがおかしい。

「何も不思議はないさ、お嬢さん。僕らふたりがコインの別々の面を選んだからといって、猫の姿に身をやつした、この厄介な境遇のなかで一緒に笑ってはいけない、ということにはならない。スーパームーンが僕らをからかっているんだ」

「あなたたちが本当のことを言っていると、どうやって信じろというの。こんなこと、ばかげている」。紫の月光の下で輝く二対の目を、私は見つめた。スーパームーンと私の屋根裏部屋に、いったい何の関係があるというのだろう。

「君は本当は少しも疑ってなどいないと思うね。君が欲しがっているのは、僕らからの説得の言葉だ。僕らが決してそんなことをしないのは、君も十分わかっているはずだが。もっとも、君が僕をもとの体ともとの世界へ帰してくれるなら話は別だ。ああ、それと7%のコカインを一回分」。私は黙りこんだ。もちろん、図星だった。

「それが君の問題だ。正直なのに、疑り深い。このふたつは、ふつう一緒にはならない」

「あなたたちふたりだって、ふつうは一緒にいないと思うけれど」

数秒が過ぎた。景色は変わらないようだった。必要以上に明るい月の夜に、マグノリアの梢から現れた二匹の猫と私。紫の光はまだそこにある。淡い赤紫から、しだいに濃い臙脂色へと移りつつあった。私に足りないヘモグロビンを、あの月はたっぷり持っているらしい。月が煌々と照っている。時計の針の音が、動くもののなかでいちばん寂しい音になった。夜の10時だった。

「君の処方は、8番目の版で君の処方になっていたと思う。それ以降の数字は、必要のない調整だ。君は45の版を無駄にして、53番目ですべてを投げ出した。1日かかったかな。悪くない」——白い猫が口を開いた。

「54番目は、もっとうまく調整できる」。私は、そう確信していた。

「わからないのかね。すでにあるものに手を入れつづけるより、壊して建て直すほうが早いのだと。壁は築ける。だが土台にはひびが入っている。無駄だ」——琥珀色の目が、私の処方箋に手書きされた数字を見つめていた。

「このお嬢さんは、君が望むほどいつも破壊を好むわけではないよ、モリアーティ」

「破壊は再建の第一歩だ。たいていの者は、それを破壊としか思わない。私はただ、すべてをあるべき場所へ戻したいだけだ」

モリアーティのゆっくりとした足取りにあわせて、猫の尾がかすかに揺れる。窓枠ごしに月明かりが差しこみ、やわらかな紫の光のなかで、床にのびた自分の影よりもなお黒い猫の姿が浮かんでいた。美しかった。思わず、その孤独な姿を抱きしめたくなった。結局のところ、あれもただの猫なのだ。

「スーパームーンは特別な光だ。誰の願いでも現実にする。もちろん、それにふさわしい者に限ってだがね」——シャーロックが言った。

黒猫は黙ったままだった。自分だけの世界に深く沈みこんでいるようだ。月を征服し、操ろうとしているのだろうか。モリアーティがその欲望を見逃すはずがない、と私は踏んだ。宝石や財宝は、このふたつの頭脳の気を引くにはあまりに凡庸だ。だが、別の世界へ踏み出す力をもつスーパームーンとなれば、考えてみる価値はある。

「どのみち、僕らはスーパームーンだのという話に興味はない。親愛なるお嬢さん、地球の外にあるものに夢を預けてはいけない。月だろうと星だろうと僕らには関係ないが、英国の事件となれば話は別だ」——白い猫がまた口を開いた。私の考えを読んだかのようだった。シャーロックが推論を好む人だということは知っている。それでもなぜか、このときは少しいけ好かなく思えた。とはいえ、たしかにシャーロックは、事件を解くという本分に関係のないものを頭に詰めこむのを嫌う。テディベアも火星も例外ではない。

「なじみのある匂いがする」。長いあいだ動かなかった黒猫が、ようやく口を開いた。

「君が作っている香りからではないよ、親愛なるお嬢さん。この匂いは、露と水けと泥にまみれている。私の網から姿を消した者たちのような、墓所の泥の匂いではない。苔むした湿った土と、ライヘンバッハの滝の水を浴びた岩の匂いだ。君にも匂うだろう、シャーロック君」

「そのとおり。ただ、僕には血の匂いのほうがはっきりわかるがね」

「月の塵が、溶けはじめている」

「僕らも、そろそろ帰る頃合いだ。いつなのかは、僕にもわからないが」——このとき、白い猫は私の本棚へ跳び上がり、並んだ本の上を一冊ずつ、ゆっくりと踏んで歩きはじめた。ああ、もちろん、この二匹は本が好きなのだ。ひとりは解剖学の大家、ひとりは名の知れた学者。けれど、棚に並ぶ技術書や植物の本はともかく、私の『ドラゴンボール』や『ブラック・ジャック』には首を振るだけだろう。太陽系にさえ関心のない人が、漫画をどうするというのだ。

待って。ある考えが頭をよぎり、胸がずしりと沈んだ。

「帰るということは、ライヘンバッハの滝へ戻るということなの」

「正確には、ライヘンバッハの滝の底だよ、親愛なるお嬢さん」

私は何も言えなかった。シャーロック・ホームズとモリアーティがもみ合い、ともに滝の底へ落ちていく結末に、世界じゅうのシャーロキアンの心は砕けた。のちに作者コナン・ドイルがシャーロックを呼び戻しても、その先の物語にモリアーティはいない。いまこのときも、シャーロックがそれを知っているのかどうか、私にはわからない。そして、尋ねないことにした。そのことを思うと、奇妙な悲しみが胸に広がった。

「結末を変える方法は、ないの」——自分の声の震えを隠せないまま、私は尋ねた。

「親愛なるお嬢さん、君のもてなしと温かいパテはありがたく思っている。だが正直に言えば、私の忍耐にも限りがある。君は、自分で答えを知っている問いを私にしているのだ」

ふたたび沈黙が、がたついた屋根裏部屋を満たした。月は頭上でなお明るいが、紫はしだいに淡い青の光へと変わりはじめている。マグノリアの香りがほのかに漂った。

野良猫の姿をしていても、シャーロックとモリアーティはどちらも謎めいて、誇り高い気配をまとっていた。ふたりに憎しみや敵対の色は見えない。違っていながら互いをわかりあう、古い友人どうしのようだった。月明かりのせいか、冷えはじめた風のせいか、胸の鼓動が速くなる。手には青く血管が浮き、体じゅうが冷えていった。

黒と白の毛並みが、月明かりで色あせていくように見えた。いや、違う。消えていくのだ。ゆっくりと、少しずつ。白い猫は本棚から床へ跳び下りて黒猫の隣に座り、窓辺の月明かりのほうを見つめていた。時計が夜中の12時を打ちはじめた。

「なぜ、犯罪者になることを選んだのですか」。私はモリアーティに尋ねた。まっすぐに、いくらか無遠慮に。少し前まで、教授と呼んでいた相手に。それでも、これほど多くの選択肢のなかで、なぜジェームズ・モリアーティがその姿を選んだのか、どうしても知りたかった。

「おや。見てのとおりだ。犯罪者という呼び名も、教授という呼び名も、私はどちらも持っている。だが本当のところ、私はただのジェームズ・モリアーティだ」

「認めなければならないな、ジェームズ。君のいない日々、僕の人生は退屈そのものだった。コカインも煙草も、君の緻密な計画と老獪さほどには僕を夢中にさせなかった。ロンドンの警官たちも、君の事件のたびに僕に泣きつきに来るのに、もううんざりしているよ」

「なら君も、私のことに鼻を突っ込むのはやめておくことだ。まあ、それもライヘンバッハへ戻ってからのことかもしれないが」

「君がいないと寂しくなるよ、ジェームズ」

ふたりはそれぞれの景色と、それぞれの思いのなかに沈んでいるようだった。月明かりはいつもより大きくきらめいている。青い炎のなかで燃えているかのように。夢と現が、塵のひと粒ひと粒とともにゆっくり流れていく。そのただなかに、私は立っているようだった。手はしだいに明るさを増していく。ほんの数時間前には私を不安にさせていた二匹の猫が、いまは背を向けている。その背と向き合う私の胸には、さまざまな思いが入り乱れていた。

「Take care of your thoughts, Rei.」

ふたつの背中が消えた。時計が午前1時を打った。

月明かりは、はじめのやわらかな光に戻っていた。開いたままの窓。散らばった香りの小瓶。白い花をいっぱいにつけたマグノリアの枝が、遠くかすかに香っていた。

Rei Nguyen

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